琉球スピリット(わたしは王の著者)

Amazonで3ヶ月連続 独占1位を記録した。 『わたしは王』(ヒカルランド出版)の著者 金城光夫のブログです。 沖縄のユタや神人(カミンチュ)と深い繋がりがあり、30年前から精神世界に目覚めました。 2018年の10月に『わたしは王』を出版し、全国から呼ばれてセミナーや講演会、個人セッションで出張するようになりました。 現在は石垣島に移住し、新しいコミニティーの基礎作りをしています。


【宇宙のオーダーシステム⑤】

【宇宙のオーダーシステム⑤】

〜思いの自由化運動〜

宇宙にオーダーすると、ついつい期待してしまいます。
何度もいいますが、期待と不安は表裏一体ですから、期待と同時に不安も生まれます。

期待と不安は同義語なのです。
ですから、宇宙にオーダーが届くことはありません。

宇宙に届くオーダーとは、何気なく思ったことで、そこに期待も不安もなく、思ったことさえ忘れていることです。

こうなったらいいなぁ
と思っても、別にそうならなくてもいいと思っていることです。

例えば車でスーパーに買い物に行ったとします。

近場の駐車場が空いていたらいいなぁ

と軽く思った時にはだいたい空いています。

しかし、近場が空いていることを期待してしまうと、だいたい空いていません。

この差は何でしょうか?

近場が空いていたらいいなぁと軽く思った時には、別に期待していないので、空いていなくてもいいけど、と思っているのです。

空いていたらいいなぁと思いながら
空いてなくてもいいけどと思っているというのはちょっと矛盾しますよね。

でもこれが大きなヒントなのです。

分解して解説してみましょう。

空いていたらいいなぁというのは、素直な気持ちです。
でも、だいたい近場は埋まっていないので、空いている可能性が低いのも事実です。

一番遠くなら100%空いていると思っているので、空いていたらいいなぁとは思いませんよね。

思わなくても空いているからです。

でも近場は競争率が激しいので、空いている確率はかなり低いです。

そこでいろんなパターンに分かれると思います。

毎回期待して、やっぱり空いていないパターンの人

いつも期待外れだから最初からあてにしないで、遠くに止めるパターンの人

毎回狙って、空いていたらラッキー、空いてなかったらガッカリの確率が五分五分のパターンの人

あなたはどのパターンでしょうか?

僕は、空いていたらいいなぁと思うので、いつも近場に向かいます。
そして8割は空いています。

僕は、空いていたらいいなぁと思いますが、空いているとは思っていません。
だから、空いてなかったら遠くに行こうと思っています。

何が言いたいかといいますと、近場は空いている確率が低いので、空いていないこともあるという事実を受け入れているのです。

その事実を受け入れた上で、それでも空いていたらいいなぁと思っているだけです。
そこには期待がないので不安もありません。

空いていなかったら、普通です。
空いていたらラッキーです。

この軽い思いが宇宙にオーダーされた時には間違いなく空いているのです。
しかし、2割は期待が入ってしまったときです。

いつも空いているから、今日も空いているだろうと期待したときには空いていません。

これは駐車場の話ですが、これを他のことにすり替えるとかなり難しくなると思います。
例えば、月末の支払い、間に合えばいいなぁとは思えても、間に合わなくてもいいけどとは思えませんよね。

病気が治ればいいなぁとは思えても、治らなくてもいいとは思えませんよね。

パートナーが欲しいなぁとは思えても、できなくてもいいとは思えませんよね。

結局、宇宙にオーダーしようと思っていることは、とても重いということです。

これがとても大きな難関です。

「受け入れないものは変えられない」

これが宇宙の真理です。
ですが、それが分かっていても受け入れられないものは受け入れられません。

僕は何十年も闘ってきましたが、お金に対する不安だけは乗り越えられませんでした。

お金が欲しいなぁとは思えますが
無くてもいいけどとは思えません。
ないと困るんです。

ですから、お金のオーダーは宇宙に届いていません。
 
この理屈が分かっていても、実際には、思えるのは思えるけど、思えないのは思えないのです。

でも、そんな僕でも7年前に奇跡を起こしました。
当時は相変わらずお金の不安と闘っていました。

お金に対する思いは、とっても重いので宇宙にオーダーされることはなく、入ってくることもありませんでした。

僕が実践したのは、お金に対するイメージではなく、パラレルワールドをシフトするというものでした。

それは、お金の悩みを解決しようと思ったのではなく、最高のバージョンのパラレルワールドにシフトしたいと思ったのです。

最高のバージョンって何?

と思いますよね。
僕も思いました。
ですから、最高のバージョンとはどんなバージョンなんだろうと考えるところからスタートでした。

間違いなく言えるのは、今よりは良いということでした。
今よりもいい所にすんで、今よりも素晴らしい仕事について、今よりも楽しい人生になっている。

明確な目標ではなく、先に大きな器を求めたのです。
そして、少しづつパーツを増やしていきました。

今までは、高級タワマンの最上階なんて、よっぽど金持ちじゃないと住めないから自分には無理と諦めていました。

しかし、ある時気がついたのです。
確かに無理かもしれないけど、でも住めたらいいなぁと思えました。

街で走っている高級車を見ても、絶対に不可能だと思っていましてので、それまでは欲しいと思ったことはありませんでした。
でも、乗れたらいいなぁと思えたのです。

ちょっと背伸びすれば届く範囲の物件ならば、どうにか手に入れたいと期待したかもしれませんが、あまりにもかけ離れすぎて、期待になることはありませんでした。

でも、思うのは自由です。
無理かもしれないけれど、でも欲しいなぁと思うのは自由なのです。

この自由な思いを閉じ込めてしまうと、自分の能力を封じ込めているようなものなのです。
現実的には無理かもしれませんが、思うのは自由なのだから、束縛している自分の思いを解き放ちましょう。

囚われている思いを解放して自由にしてあげましょう。

これが「思いの自由化運動」なのです。

僕は思いを自由のすることができました。
それ自体が僕にとって奇跡だったのですが、その奇跡が更なる奇跡を呼んだのです。

つづく

〜真夜中の訪問者〜



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